才能をひらく編集工学

こんばんわ、ポイ積 純一郎です。

安藤昭子さんという方が書いた「才能をひらく編集工学」という本を読みました📚

 

30年ほど前に松岡正剛さんによって創始された「編集工学」について、これを師事する著者がその考え方について記した本です。編集工学研究所というのがあり、そこの専務さんを勤められています。

 

正直な感想は、大して有名でもない(ポイ積が知らないだけ??)松岡正剛さんの考えを「松岡は」とか「松岡正剛は」とか言いながら紹介していて、やや内容と共に宗教っぽさを感じました。

 

加えて、ポイ積はおじさんだから分かるものの、「演習」という中で出てくる題材・例示などが、「駄菓子屋」に関するシチュエーション(駄菓子屋のおばちゃんが小学生みんなの名前を呼べる、みたいな到底若い世代の読者には意味不明なシチュエーション)や「黒髭危機一髪」など(若い人遊んだことある?)、松岡さんや著者の時代背景そのままで出てくるので、なんだかなーって感じになりました。

 

とはいえ、読書の良いところは、それでも気付きになる、自分の考え、暗黙知的なものを言語化してくれる部分が少なからずあるということで、その点はいかにメモっています。

 

 

【ポイ積メモ】

  • ニュートンは、「何故いつも林檎は真下に落ちるのか」という疑問から、万有引力の法則を導いた。落ちる林檎を「驚くべき事実」と認識したところから、ニュートンの探究は始まる。「引力」という「説明仮説」を持ち込めば、林檎が落ちるのも、樹の葉が落ちるのも全て説明がつく。そしてニュートンは、地上の物体間においてだけでなく、同じ「引力」が天体間にも働いていると考えて、地上と天上の運動を統一的に説明しうる万有引力の原理を確立した。
  • 出来の良い仮説というのは、しっくりくるようなフィット感があり、定性的・定量的に検証可能な特徴を備えていて、誰にもピンとくる程度にシンプルで、思考も時間もお金も最小限のエネルギーで検証できるもの。
  • 常識、思い込み、前例主義という固定観念が「驚くべき事実」を取り逃す。正解追求主義、試行錯誤を許容しないと思い切った「仮説」は出ない。また目に見える整合性だけを追求すると背後にある大いなる法則が沈んでしまう。
  • フォースの修行中に「そんなことできるはずない」と嘆くルークに対して、ヨーダが囁いたセリフです。「ラーン」したことを「アンラーン」せよ。字幕には「固定観念を捨てろ」とありました。
  • イソップ童話「3人のレンガ職人の話」、超要約すると、旅人が歩いていると三人のレンガを積む人に会いました。何をしているのか聞くと、一人目はレンガを積んでいると言います。二人目は壁を作っていると言い、三人目は大聖堂を作っていると言いました。同じ仕事でも捉え方によって意味が変わる教訓。「そもそもなんでレンガを積んでいるんだっけ?」と考えながら、情報の「地」を「作業」から「目的」「意義」へと広げていく。
  • 自社の理想を掲げるほど他社との差別化から遠のいていくというジレンマは、理念策定の現場でデジャブのように見かける光景。
  • 企業においてもまた、「自社らしさ」を失うことは、顧客との関係や社内の求心力が痩せ細っていくことのクリティカルな要因になる。
  • 岡倉天心「故意に何かを仕立てずにおいて、想像の働きでこれを完成させる」「茶道の要義は不完全なものを崇拝するにある」